エクスペリメンタル・ソウルバンドが放つ4作目のフルアルバム
WONK『EYES』インタビュー(制作エピソードを井上幹に直撃!)
WONK『EYES』インタビュー(制作エピソードを井上幹に直撃!)
2020/06/18
「日本の音楽を再定義する」というエクスペリメンタル・ソウルバンドWONKが、4枚目のフルアルバム『EYES』をリリースした。本作はドラムでリーダーの荒田洸さんによる「映画を作りたい」という言葉がきっかけで生まれたという、作品全体を通じて「シナリオ、サウンド、ビジュアル」のストーリーを体感できる意欲作だ。このコンセプチェアルなアルバムは果たしてどのように誕生したのか? ここでは、ベース、ギター、シンセ、レコーディング、ミックスなどを担当した、バンドの中心的メンバーである井上幹さんに話しを聞いてみた。
取材:東 哲哉(編集長)
──前作から約2年ぶりのニューアルバムということですが、まずは今作『EYES』を作ろうと思ったきっかけから教えて頂けますか。
井上:このアルバムを作ろうと思ったのは、それこそ2年くらい前に、ドラムの荒田の「映画を作りたい」という言葉がきっかけでした。ただ、実際には僕らはミュージシャンですし、映画のサントラを作ったら面白いよねという方向になっていって。
──荒田さんは、その時点ではどんな映画を作りたいと?
井上:超ざっくりなんですけど、「天上に世界があるのが作りたい」って言っていました。自分たちが住んでいる地面に対して、上にもバーンと世界が広がっているというか。ただ、その時点では絵にストーリーがあるわけではなくて、あくまでも絵だけがアイディアとしてある状態で。なので、それに付ける物語を考えていった感じです。
──今回、アルバムには全部で20を超える楽曲が収録されていますが、どのような順番で楽曲を作られたのでしょうか?
井上:まずはシナリオを言葉にして、それを映画のサントラのように当てはめていきました。僕がシナリオを書いたんですが、例えば主人公が緊張しているのか、リラックスしているのか、それこそシーンに合わせた劇伴の音楽を作るような感覚ですね。
──3つある「Skit」というトラックが、アルバムの展開を作る大きな要素になっていると感じましたが。
井上:そうですね。シナリオは最初から冒頭、中盤、終盤の3幕構成にしようと思っていて。中盤で何か出来事を起こして、終盤に収束させるというのは初めから考えていました。それで、どうしても言葉で説明した方がいいかなと思った箇所には「Skit」を入れています。
──そもそも、井上さんはSFがお好きなのですか?
井上:はい。僕もメンバーもSFが好きで、ちょうど皆んなでネットフリックスの「ブラック・ミラー」を見ていたんですよ。こういった短編シリーズというか、星新一さんの短編小説みたいな感じを取り入れたいとメンバー間で話していましたね。
──実際には、どの曲から手を付けられたのですか?
井上:まずは今回の『EYES』の前にリリースした『Moon Dance』に収録されている楽曲からです。この『Moon Dance』に入ってる曲(「Blue Moon」、「Orange Mug」、「Sweeter, More Bitter」、「Mad Puppet」、「Phantom Lane」)はちょうど1年くらい前に出したのですが、『EYES』に対してのトレーラーというか、ポイントを抜き取って見せたというか、そういった楽曲になります。
──では、『Moon Dance』の段階で、3幕構成でいうところの核となる曲がリリースされたわけですね。
井上:そうですね。ただし、『Moon Dance』では、話しの本筋には触れていなくて、振り返った時に「あ〜、こういうことだったんだ」ってわかるような作りにしたいなと思っていて。なので、「Orange Mug」や「Sweeter, More Bitter」は曲単体でも物語を楽しめたり、「Blue Moon」や「Phantom Lane」は今回の『EYES』を聴くとより理解できるというか、伏線的な曲になっていたと思います。
──その『Moon Dance』のリリース後、曲作りは順調にいきましたか? 物語のつじつまを合わせるのに相当苦労されたと思われますが。
井上:いや、そこはあまり迷いなく進めました。『Moon Dance』を作った時から、各楽曲がシナリオの中のどこに入るかは決めていましたし、もちろんシナリオの細かな修正はしましたけど、大筋では順調だったと思います。
──WONKは、ボーカルの長塚さん以外は皆さんが曲を書かれるそうですね。
井上:はい。誰かが曲の土台となるデモを作ってきて、それを皆んなで作り上げていく感じですね。
──それはスタジオに集まって?
井上:いえ、デモの段階は完全にリモートです。集まることはほとんどなくて、「Splice」というクラウドのデータサービスを使って、そこで、プロジェクトデータを共有して、履歴を残しながら作業していきます。
──「Splice」は昔から使われているのですか?
井上:そうですね。バンドを結成して最初の『Sphere』というアルバムの時からずっと使っています。
──今回の『EYES』のデモで、特に印象的だった曲を挙げるとすると?
井上:どの曲も印象に残っているんですけど、14曲目の「Depth of Blue」ですかね。僕らの曲作りは、デモを最初に作った人間がプロデューサー的な立ち位置で作業を進めていく場合が多いんですけど、この曲は良い意味で監督不在というか。最初にドラムの荒田がメロディーだけ鼻歌で付けて、で、そこからキーボードの江﨑がコードを付けて、僕が編曲して曲にするみたいな感じで。皆んなが平等というか、雰囲気で出来ていった曲ですね。誰も最終的にどうなるかは見えていなかったけど、曲としてはスムーズにできた珍しいパターンだったと思います。
──江﨑さん、荒田さん、井上さんの特徴というか、曲作りの「らしさ」はどのような部分だと思われますか?
井上: それは曲を聴けば一瞬で分かりますね。例えば、2曲目の「EYES」と9曲目の「Blue Moon」は文武(江崎)が作ったんですよ。で、文武らしさというのは、やっぱり「綺麗さ」。メロディーにしても、ピアノの旋律にしても、すごい綺麗なも のを作ってくるんですよ。美しさがどこかにあるというか、そういうのにこだわりがあるんだろうなと思いますね。
──江﨑(文武)さんは、音色にもこだわって?
井上:それもありますけど、僕が感じるのはどちらかといえば和音の積み方とか、和音とメロディーの調和とか、そういった部分に彼の美しさを感じます。
──リーダーでドラマーの荒田さんに関してはいかがですか?
井上: 荒田はドラマーとはいえ、ソロ作ではシンガーもしているので、特徴といえばやっぱり「ビート感」や「キャッチーなメロディー」ですかね。例えば 「Orange Mug」や「Depth of Blue」は荒田の考えたメロディーですけど、とても覚えやすいものになっていると思います。あと、13曲目の「Third Kind」は荒田のビート感ですよね。
──荒田さんのビート感というと?
井上:荒田は、J・ディラとかマッドリブといったヒップホップのビートメーカーが作るようなビートを生ドラムで再現することに長けていて。「打ち込みのビートを生でやる」みたいなことが得意なんですね。まさに「Third Kind」のビートはそんな感じだと思います。
──では、井上さんご自身の「らしさ」はどこにあると思われますか?
井上: 自分らしさというのは意外とわからないもんですよね。ただ、メンバーの中では僕が音楽の趣味の幅が一番広いとは思います。日本のポップスも聴くし、海外のポップスも聴くし、ジャズもファンクも。だから、そういった色んな音楽ジャンルの要素を出すのが僕の特徴かも知れませんね。例えば3曲目の 「Rollin’」は僕が作ったんですけど、80年代のファンクっぽい感じを出したり、15曲目の「If」ではロックで歪んだギターを取り入れてます。あ と、22曲目の最後の「In Your Own Way」も僕が作った曲ですけど、これは一番僕らしさが出ているかなと思います。他はWONKだからこういう曲を書いたというのがあるんですけど、この曲に関しては「WONKに出すのはどうかな?」って迷ったくらいの曲で。
──井上さんの本来好きなテイストがもろ出ているわけですね。
井上:そうですね。もちろん『EYES』に入っている曲は全部好きなんですけど、WONKらしさとは別のところで作曲したという感じですかね。
──ところで、作詞を担当しているボーカルの長塚さんとはどのようなやり取りを?
井上: まず、僕の作ったシナリオを文章にしたものを健斗に送って。それをもとに主人公の目線で「どんなことを感じたか?」を書いて欲しいと頼みます。ただ、健斗が歌っている時に他人行儀にならないように、あくまでも健斗が感じたことも入れてほしいという話しもして。なので、例えば「Orange Mug」は家族の話しなんですけど、主人公と健斗がうまくオーバーラップしてくるというか、健斗らしさが出ていると思います。
──WONKの歌詞はすべて英語の歌詞ですが、その理由は?
井上: それにはいくつか理由があるんですけど、まずは「世界に向けて音楽をやりたいよね」ということと、あとは単純に英語の方が合うんですよね。表現するのが難しいんですけど、日本語は裏を取りにくいリズムを持っているというか、頭を重視する音節を持っている言語だと思うんです。なので、僕らのやっているような16分音符を多用する音楽だと英語みたいに緩急を付けるのが難しい部分もあって。
──なるほど。そういう理由があったんですね。では、続いて井上さんの制作環境についてお聞きします。まず、普段の曲作りで使用されているDAWソフトについて教えてください。
井上:僕は「Logic」と「Live」を持っています。で、自分で作ったりミックスしたりする時は「Logic」を使うことが多いですね。
──「Live」に関しては?
井上:他のメンバーが「Live」を使っているので、そのプロジェクトで作業する時はそちらを使います。
──「Logic」をメインで使われている理由は?
井上:僕がMacを使っていて、安いから(笑)。まぁ、Logicの良さはとっつきやすさですね。もう、10年以上使っています。
──では、オーディオインターフェイスは何を?
井上:僕はインプットとアウトプットで使い分けているんですけど、ボーカルやギターのレコーディングはUniversal Audio「Apollo Twin」、ミックスにはLynx「Hilo」ですね。
──録音とミックスでインターフェイスを使い分けている理由というのは?
井上: レコーディングの時はどうしてもUADプラグインのユニゾン機能を活用したいというのがあるんです。ただ、ミックスの際にはもっと味付けがされていないも のでモニターしたいというか、「Apollo Twin」があたたかみのある音だとしたら、トランジェントが立ちすぎることもなく丸すぎることもなく、綺麗で普通な音がすると思っていて。
──MIDIキーボードは何をお使いですか?
井上:ローランドの「A-49」を使っています。超普通のやつですが、コンパクトでいいんですよね。僕は手弾きせずに、打ち込む方が断然多いんで。
──打ち込みに使う音源は「Logic」付属のソフトシンセを使うことが多いのでしょうか?
井上: 音源はサードパーティー製のものも一通り持ってはいますけど、「Logic」付属の「Alchemy」を使うことが多いですかね。例えば、今回のアルバム で言えば、11曲目「Esc」のベースの音は「Alchemy」です。パッチから色々といじって作った音にはなりますけど。
──ちなみにサードパーティー製の音源で使用頻度が高かったものは?
井上:そうですね。3曲目の「Rollin’」で鳴っているシンセは、Arturiaの「DX7」のモデリングだと思います。「DX7」のモデリングはめっちゃ使いますね。
──17曲目「HEROISM」でずっと鳴っているシンセも印象的なサウンドですよね。
井上:あれは「Logic」内蔵のシンセで、サイン波だけ出している状態です。それを「A-49」のMIDIキーボードのコントローラー(ピッチ/モジュレーション・レバー)で変化させています。
──資料によると、井上さんは曲作りのみならず、レコーディングでもエンジニア的な役割をされているようですね。マイクなどもご自身で立てられたのですか?
井上:はい。ただ、WONKで生の楽器を録るのはドラムかボーカルくらいしかなくて。僕のベースも先ほど話した「Apollo」経由でのラインですし、ボーカルも「Apollo」にノイマンの「TLM107」を立てて録る感じですから。
──ボーカルにはどのようなUADプラグインをかけ録りされたのですか?
井上:健斗のボーカルに関しては、曲によって「Manley VOXBOX」か「Avalon VT-737 Tube Channel Strip」のどちらかを使っていますね。
──ドラムとボーカルは同じスタジオで録るのですか?
井上:いえ、ドラムは大きなスタジオで録っているんですけど、ボーカルはWONKのプライベートスタジオにブースがあるので、そこで録っています。なので、全員が集まってせーので録ることはまずないですね。
──今回『EYES』のレコーディングで、何か記憶に残っているようなことはありますか?
井上: そうですね。「In Your Own Way」という曲の後半に出てくるドラムですかね。このドラムは渋谷のレッドブルスタジオで録ったんですけど、実はほとんどミックスで手を加えてなくて。 レッドブルではお世話になっているエンジニアさんにマイクなどを立ててもらったんですが、本当にスタジオで鳴っている音がしたんですよね。僕は、普段はアウトボードなんかもシミュレーションですべてことが足りると思っているタイプなんですけど、こういう音を聴くと、やっぱりスタジオでしか出せない音はあって、そういった音はしぶいなと思いますね(笑)。
──やっぱり、その場所でないと録れない音もあるんでしょうね。
井上:逆に言えば、ミックスで手を加えづらいというのはあるんですけど、「In Your Own Way」にはすごく合っていて。何というか、ドラムにがっつりコンプが効いているんだけれど、あたたかい音みないな。これはスタジオならではですね。
──レコーディングの後、井上さんはミックスもご自身で行なうとのことですが、手順としては?
井上:基本はドラム、ベースの順番で、曲によってはボーカルや伴奏から手を付けることが多いですかね。
──今回のアルバム収録曲で、特にミックスで難航した曲を挙げるとすると?
井上: どの曲も難しかったですよ。というのは、アルバム内での曲調の振り幅がデカかったんですよね。今までのWONKのような曲調もあれば、全然違うテイストの ものもあったし。例えば、19曲目の「Nothing」は、WONKの中でもシンプルな構成で、ベースとピアノとビートとボーカルで。こういう時は、今まではリバーブで空間を埋めがちだったんですけど、それをあえてやめようと思ってトライしたんですよね。
──どのような試みをされたのですか?
井上:ボーカルをわりと前にドカンと持ってきて。ドライにしてみたんですよ。WONKの曲は、ふわっとした、幻想的なリバーブ感に特徴があるものが多いと自分では思っているんですけど、それと真逆なミックスになっていると思います。
──ボーカルを前に出すためには、具体的にはどのような処理をされたのですか?
井上: コンプですね。UADの1176をシミュレーションしたプラグインを使っています。このプラグインはとても優秀で、設定次第でボーカルの前後感をかなり変更することができるんです。この曲ではアタックをめちゃ遅く、逆にリリースはめちゃ早くセッティングしてかけています。
──ちなみに、WONK感を出すリバーブにはどのようなアイテムを使うケースが多いのですか?
井上: リバーブに関しては2種類使っているんですけど、1つはlogicについている「SPACE DESIGNR」で、もう1つはFabFilterの「Pro-R」です。どちらも使い方は同じなんですけど、質感が違うんですよね。なので、プリディレイの設定だけ違う状態にして色々と試してかけています。例えば、前に置くパートにはプリディレイをかなり遅くして、奥に配置するパートではプリディレイを 「0」にしてとか。あと、歌に関してはこれ以外にプレートのリバーブを加えることが多いですね。なので、リバーブとディレイのセンドトラックだけでいつも 5つ〜6つくらいは立ち上げていると思います。
──では、そろそろお時間がきたので、まとめの言葉を頂きたいのですが、まずはあらためて新アルバム『EYES』の聴きどころをお願いできますか。
井上: はい。『EYES』はWONK初のコンセプトアルバムです。WONKというバンドは、今までは “音楽のための音楽” をやっていたんですけど、今回はどういう音楽を作るかという前に、“どういうメッセージを込めるか” という部分に注力しています。なので、皆さんにはぜひ和訳の部分も含めて歌詞を見て頂きたいですし、その歌詞に合った曲なんだよというのも感じてもらいたいですね。
──今作は、ART BOOKとのセットもあるようですね。
井上: そうなんです。ART BOOKは物語に合わせた絵本のようなものなんですけど、シナリオに対してどんな絵があったら面白いか、メンバーとも色々と話し合ったアイディアをデザイナーさんに伝えて描いて頂きました。これを見てもらうと、それぞれの曲のストーリーがより目に浮かんでくると思います。こちらもぜひ見てもらえたらうれしいです。
WONK 映像URL
https://www.youtube.com/watch?v=R3b8ngVfiSY
HEROISM(Official Audio)
https://www.youtube.com/watch?v=RtlGe2KhU0c
Signal (Music Video)
https://www.youtube.com/watch?v=TMAuQCXZnNM
Orange Mug(Official Audio)
https://www.youtube.com/watch?v=JNgMGbg_QRU
Blue Moon(Official Audio)
https://www.youtube.com/watch?v=0RlgJSxy1tE
Sweeter, More Bitter (Official Audio)
https://www.youtube.com/watch?v=2eEAnpnr73Y
リンクエリア
- 関連記事
関連する記事
2020/07/13
ニュース
2023/12/25
2023/12/20
2023/12/18
インタビュー
2023/03/23
2022/09/15
2022/05/26
2022/01/26
特集/レビュー
2023/04/03
レクチャー
2022/11/15
2022/11/01