聴くほどに風景が見えてくる
熊木杏里、アルバム『人と時』リリース記念ライブで情感溢れるステージを披露!
熊木杏里、アルバム『人と時』リリース記念ライブで情感溢れるステージを披露!
2019/11/06
写真:森 久
穏やかで、たおやか。だけど強いまなざしが、その歌の向こうからずっと注がれている。ステージに立つ熊木杏里は、今日も凛として可愛らしくて、そしてどこか頼もしい。
10月30日に発表した新作「人と時」をタイトルに掲げてのライブだ。デビュー15周年に紡いだ10枚目のアルバム。節目の1枚だからこそ自身の本質に忠実に、大切につくられた楽曲たちが、この日は惜しみなく全曲披露された。
アルバム同様、ノスタルジックな色合いの「home」からライブはスタート。本人が念願だったというKiroroのカバー「Best Friend」に、「それがいいかな」、「新しい私になって」と秀逸なポップナンバーが続き、序盤にして会場の温度がぐっと上がる。
熊木の洗いざらしの木綿のようなナチュラルな歌声と、ピアノ、ギター、コントラバス(ウッドベース)、ドラムというシンプルなサウンド構成。しかしそこに、楽曲が生まれ持った世界観がくっきりと浮かび上がる。風景描写がほとんどないにもかかわらず、聴くほどに景色が見えてくるのは、熊木杏里という音楽の特性と言っていい。すべては音に情感が溶け込んでいればこそ、だ。
「今回のアルバムはオトナ熊木とでもいいますか。コントラバスと素敵な弦が入っております。今日はその雰囲気を存分に出していきたいと思います!」
そしてチェロとバイオリンが加わって、バンドは目にも耳にも華やかになった。アルバムの多彩なアレンジは、聴き手を時にせつなく、時に楽しくさせるのだが、その抑揚がもたらす高揚感はライブの場でさらに増幅する。「傘」、「あわい」と熊木らしいフォーキーで叙情的なメロディが、温もりに満ちた歌声とともに会場を包み込む。
そんな風に胸を揺さぶられたところで、一気に空気を変えるのもまた熊木のMCだ。これもファンにとってはライブの楽しみのひとつだろう。ちょっとぶっきらぼうな少女のような気さくさで、メンバーとの他愛ない会話でも笑いを誘う。終盤には、オーディエンスにフィンガースナップ(いわゆる指パッチン)という難易度の高い要求をして会場をどよめかせつつ、そのまま怒涛の展開へ。
「春の風」のクラシカルでゴージャスなアレンジには、誰もが心躍ったはずだ。「風船葛」の視界が開けていくような展開に熊木の声は艶やかさを増し、いつになく力強く響き渡った。楽曲の内にぎゅっと閉じ込められ、普段は見えることのない彼女の本来の激しさが、この日、このステージには確かに存在していた。
「また来年、元気に会えることを楽しみにしています!ありがとうございました!」アンコールに応えてしばし。バンドメンバーがステージを降りた後、ひとりその場に残った熊木が、オーディエンスを抱きしめるポーズを繰り返すのだが、そのぎこちなさがまたみんなの頬を緩ませた。楽曲の素晴らしさも、彼女のキャラクターも存分に味わえた、充実の一夜だった。
そういえば、15周年だとか10枚目だとか、彼女の口からはついぞ一言も出なかった。熊木杏里という音楽が、日常の些事を丁寧に切り取ることで成り立っているのなら、それは生きている限り生み出されるということだ。だから区切らないことが、次なる5年へ、10年へ向けて歌っていくことへの、彼女なりの覚悟なのかもしれない。私は、そう受け止めたい。
文:斉藤ユカ / 写真:森 久
【リリース情報】
タイトル:『人と時』(ALBUM)
発売日:2019年10月30日
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