新たな “シティ・ポップ” を表現した意欲作
土岐麻子『PINK』インタビュー
土岐麻子『PINK』インタビュー
2017/03/10
──トオミヨウさんからは、どういった感じのデモが届くのですか?
土岐:全曲ではありませんけど、最初の方に作った曲はアレンジも含めて仮歌が入った状態のデモが届いて。これはメロディとアレンジを一緒に構築していくようなスタイルで制作していきました。ただ、デモはトオミさんが思うままに作ってもらったので、私のキーとは真裏になることもあって、そこは仮歌を入れる段階で探っていきました。トオミさんのソロ作品って歌がボコーダーっぽかったりしていて、今回のデモもそういう感じの仮歌が入っているんです。だから音域のレンジが広くて歌うのが大変な曲もあったりするんですけど(笑)、その感じも含めて面白いメロディが多かったですね。
──鍵盤的にメロディを作っている感じでしょうか?
土岐:まさにそうだと思います。AutoTuneでハーモニーを付けている曲もありますし。「City Lights」や「脂肪」がそうで、ハーモニーを歌うと人肌感が出るんですけど、この曲は、あまり人肌感が出すぎない方がいいかなと思って、そういった温度感は曲によって変えています。
──アルバム1曲目「City Lights」のアカペラの響きはとても印象的ですね。
土岐:「City Lights」は最後に作った曲で、アルバムをまとめるイントロダクション的なもの曲を作ろうと考えたんです。やっぱりアルバム単位で作品を聴きたい世代なので、そういうものが欲しくなるんですね。
──アカペラ曲というアイディアはどちらから出たんでしょうか?
土岐:どちらからともなく、「アカペラはどうかな?」という話になって。このハーモニーは具体的な作業はトオミさんに聞かないと分からないところもあるんですけど、いわゆる、今流行っている “Prismizer” 的な処理ですよね。実際のPrismizerは、特許を持っているフランシス・フェアウェル・スターライト自身でないと使えないらしくて、どういうソフトなのかよく分からないんですけど。効果としては、テンポもピッチもフリーに歌った鼻歌的なものに、細かいニュアンスまで機械的にぴったりとハーモニーが付く面白さだと思うんです。フリーに歌っているのですごく人間的なんですが、ハーモニーはものすごく機械的。その感じが今回のアルバムの人肌感とマテリアル感、そのバランスにぴったりだと思ったんです。
──土岐さんは視覚的に音の響きを捉えているんですね。アルバムタイトルの『PINK』も、現実を塗り替える想像力のイメージが、ピンク色だったのだとか。
土岐:音が視覚的なイメージと結び付くことが多いですね。夢も色つきですし、色というものが、音の中で、すごく鮮明に見える感じがします。不思議ですよね、耳からの情報なのに。だから歌詞もそういったイメージで言葉を選んだりします。でも、きっと皆さんそうだと思うんですよ。言葉を聴いて、映像を思い浮かべたりするじゃないですか。
──ああ、確かに歌詞から景色や映像が浮かぶことはありますね。
土岐:しかも歌って、頭から順番に聴いていくものですから、言葉の順番通りに情報が入ってきますよね。だから、その順番がとても大切だと思っているんです。最初に主人公が登場する時も、どこから登場するのか、それを間違えると、まったく映像が想像できなくなってしまうんです。例えば、ずっと主人公は男性だと思って聴いていたけど、最後に「あれ?主人公は女性だったのか」となってしまったり。それを面白く聴かせることもありますけど、今回はなるべく誤解なく、ひとつの映像を皆さんと共有できるように考えて、歌詞を書いていきました。すごく細かく、その主人公がどんな髪型をしているのか、どんな仕事をしているのかまで決めようと強く思ったわけではないんですけど、1曲ごとに決まっているんです。
──そうやって完成させた歌は、どのように録っていったのですか?
土岐:そもそも今回は打ち込み主体で制作を進めていったので、「曲が完成して本チャンを録る」というやり方ではなくて、最初のデモからマイナーチェンジを繰り返して、少しずつブラッシュアップしながら作っていったんです。なので、アレンジや歌詞が変わったらその都度仮歌を録っていって、最後に「1回つるっと歌ってみましょう」という感じで歌録りをしたんです。
──レコーディングはどちらで?
土岐:歌入れはトオミさんのプライベートスタジオで行ないました。今回は、ガレージっぽいところで録ったのですが、前の道を大型トラックが通ると、その音もマイクに入るんですよ(笑)。でも、それも面白かったし、生活の中、街の中で録音できたようにも感じました。だから、すごく自然な感じで歌えたと思います。
──土岐さんは、本チャンの歌入れの際には、事前にどれくらい歌い込んで臨むのですか?
土岐:曲にもよるんですけど、今回は歌詞をずっと書いていたので、譜割や歌い回しのプランは歌詞が完成した時点でできていました。ただ、どんな声色や強さで歌うかということは、実際にマイクの前に立ってからマイクとの相談なんですね。だから歌い方に関してはあまり決め込まずに、その日、その時の自分の声の感じと、マイクやモニターとの感じで楽しもうと思っています。
──ではマイクやモニター環境、それこそスタジオによっても歌い方が変わってくるのですか?
土岐:そうですね。マイクに関しても、今までいろいろと歌ってきて、アルバムごとに「今回はこのマイクだな」というものはあるんですけど、「自分の声を再現するには絶対にこれじゃないと」というマイクはないんです。今回は、歌もサウンドの一部のような感覚で録れたらいいなと思っていたので、トオミさんに何本かマイクを選んでいただいて、メインはSoundelux u99、「PINK」だけTelefunken ELA-M251を使いました。
──選んでもらったマイクで印象的なものは?
土岐:面白かったのが、もう真空管の寿命かもしれないという、すごく変わった音で録れる真空管マイクがあったんです。でも、その質感がいいからというので、それで録ってみたりもしました。もし歌の途中で、本当に真空管がダメになってしまったら「あ~あ」となってしまいますけど(笑)、そういうこともあまり考えずに「ちょっとやってみようか」とトライしてみることは多かったですね。
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