プリンスの専属エンジニアのインタビュー第3弾

スーザン・ロジャースが語るアルバム『パープル・レイン』の秘密とは

スーザン・ロジャースが語るアルバム『パープル・レイン』の秘密とは

2018/06/25


1984年6月25日にプリンス&ザ・レヴォリューションの大ヒットアルバム『パープル・レイン』が全米でリリースとなった。ロックアルバムの金字塔とも言えるこの作品について、プリンスの専属エンジニアだった、スーザン・ロジャースが語ってくれた。

 

スーザン・ロジャース

『パープル・レイン』

──まず、あなたがプリンスにエンジニアとして雇われたのは、1983年の8月と聞いています。8月3日にライブハウス、FIRST AVENUEで行われたライブでは、アルバム『パープル・レイン』に収録される重要な曲がライブレコーディングされていますが、その場には立ち会っていたのですか?

スーザン:いえ、私はちょうどプリンスの仕事をすることが決まって、まだロサンゼルスに住んでいたの。契約書をチェックしたり、ミネソタに引っ越す手配をしていて、ミネアポリスに着いたのはあのライブの直後だったわ。着いてからすぐにプリンスと一緒にライブ録音されたテープの作業に取りかかったけれど、残念ながらライブは見ていないのよ。

──以前インタビューであなたは、プリンスの自宅のマスターベッドルームの向かいには小さなベッドルームがあって、そこで彼は『パープル・レイン』の一部を制作したとありますが、そこで『パープル・レイン』のどのような曲が制作されましたか?

スーザン:そうねぇ、「ビートに抱かれて(When Doves Cry)」はロサンゼルスのサンセット・サウンドで作ったから、あの曲じゃないことは確かよ。私が雇われた時点で「ダーリン・ニッキー」はすでにレコーディングされていたんだけど、あの曲はその部屋で作ったものだった。あとは「ダイ・フォー・ユー」、 「ベイビー・アイム・ア・スター」、「パープル・レイン」のベーシック・トラックもその部屋で作って仕上げた曲よ。「レッツ・ゴー・クレイジー」はセント・ルイス・パークにあるウェアハウスでレコーディングしたわ。プリンスの家の小さなスタジオではレコーディングしたり、オーバーダブの作業をしたりしていて、「ダーリン・ニッキー」のようにプリンスが一人で演奏しているような曲もその部屋でレコーディングしていたのよ。

──では、基本的にはこの部屋はプリンスだけでベーシックなものを作り、その後ウェアハウスでバンドと一緒にレコーディングして、仕上げるというプロセスだったのでしょうか?

スーザン:そうね。彼は一人で何でも出来たから、その自宅の小さなベッドルームにエレクトリック・ドラムをセッティングして、楽器を次々と持ち込んでレコーディングしていたの。「レッツ・ゴー・クレイジー」のようにバンドと一緒にやるような曲に関してはウェアハウスでレコーディングしていたわ。ベッドルームにもウェアハウスにもレコーディング・コンソールがあったから両方でレコーディングできたの。あと、彼はサンセット・サウンドも大好きだったので1984年になるとLAのサンセット・サウンドに行って、「テイク・ミー・ウィズ・ユー」と「ビートに抱かれて(When Doves Cry)」をレコーディングしたのよ。

──プリンスのアルバム『パープル・レイン』は1984年6月25日に発売されました。以前のインタビューでプリンスは成功を確信していたと言っていますが、彼がどんな風だったか、教えてくれませんか?

スーザン:すごくハッピーで、ご機嫌だったわ。その前年の冬は長くて、寒くて、ずっと天気が悪かったから、夏になる頃にはみんながハッピーで明るくなっていたのよ。当時、プリンスはとても前向きで、私たちはみんな彼のことを心から信頼していた。素晴らしいリーダーだったし、とてもクリアなヴィジョンを持っていたの。そのヴィジョンをみんなが信じて働いていたわ。未来に希望を持ってね。でも、今でもハッキリ覚えているのは、アルバムカバーを見たときのことよ。ウェアハウスにアルバムが届いて、他のクルーと一緒にそれを見た瞬間、「あら?これって花?しおれた花?これってどういういう意味?プリンスがこれを気に入らなかったらどうするの?大きなツアーも決まっているのに」って心配になったの。でもすべてが上手く行って、素晴らしい結果に終わったというわけ。

──とてもエキサイティングな時期でしたね。

スーザン:そうなの。結果がわからない時ほどエキサイティングなのよね。アルバムをリリースするのって子供が産まれた時のようなもので、「この子は健康だと思うけど、100%大丈夫かしら?」なんて思うじゃない?そしてアルバムがリリースされるとアルバム評でいろいろなことが書かれる。この子は難しい子供かもしれない、悪い子になるかもしれないなんてことをね。でも実際に子供を見ると、自分が期待したような子に見えるの。むしろ期待したより良い子に育っているように感じる。そして子供が学校に行くように、アルバムを送り出すの。子供を生んで育てるのとアルバムを作ってリリースするのってちょっと似ているわ。



このアルバムからは先行シングルとして、「ビートに抱かれて(When Doves Cry)」が全米で5月16日に発売され、見事にプリンスとしては初となる全米No.1を記録したばかりか、1984年の年間シングル・チャートでもNo.1となった。

アルバムも映画の成功もあり、No.1を記録。その後にはアルバムからシングルカットされた「レッツ・ゴー・クレイジー」もNo.1、「パープル・レイン」は2位、「ダイ・フォー・ユー」は8位、「テイク・ミー・ウィズ・ユー」も25位を記録している。

アルバム『パープル・レイン』のレコーディングが1983年から行なわれていたとすると、9月21日に発売となるアルバム『ピアノ&ア・マイクロフォン 1983』は、ほぼ同時期の貴重な音源で、プリンスが大ブレイクする一歩手前の姿をとらえたものだと言える。

リリース情報

/
 

『ピアノ&ア・マイクロフォン 1983』
9月21日 発売
WPCR-18037
フォーマット:CD、デジタル配信
¥2,400+税(CD)
<収録曲>
1)17 デイズ
2)パープル・レイン
3)ア・ケイス・オブ・ユー
4)メアリー・ドント・ユー・ウィープ
5)ストレンジ・リレーションシップ
6)インターナショナル・ラヴァー
7)ウエンズデイ
8)コールド・コーヒー&コケイン
9)ホワイ・ザ・バタフライズ
Recorded in 1983 at Prince’s Kiowa Trail home studio in Chanhassen, MN
Engineered by Don Batts

同時発売
アルバム・タイトル:ピアノ&ア・マイクロフォン 1983:デラックス・エディション
WPZR-30796/97
フォーマット:CD+LP(輸入盤国内仕様、完全生産限定盤)
¥5,000+税
<収録曲>
CD,LPともに通常盤のCDと同様。

アルバムの購入はこちら
https://WarnerMusicJapan.lnk.to/PrincePAAMPu

この記事の画像一覧

(全3枚) 大きなサイズで見る。

インタビュー

インタビューの記事一覧はコチラ

関連する記事

インタビュー

インタビューの記事一覧はコチラ
PAGE TOP