ソニックアカデミーサロン「MIXセミナー」をレポート!

ソニー・ミュージック、フォステクス、サウンド・デザイナーPresents “匠の技”の秘密を解き明かす「MIXセミナー」をレポート!

ソニー・ミュージック、フォステクス、サウンド・デザイナーPresents “匠の技”の秘密を解き明かす「MIXセミナー」をレポート!

2019/09/30


東京渋谷にスタジオ「GIALLO PORTA」を擁し、清水翔太や加藤ミリヤなどの素晴らしい仕事で知られる、スタジオエンジニア金子氏による、ミックスセミナーが、8月8日にソニーミュージックで開催された。トラックメーカー等が制作したパラデータを受け取り、丁寧にレコーディングされたボーカルトラックと共に、様々な過程を経て2ミックスに落とされる、そのプロセスを惜しげもなく大公開。ProToolsが登場するずっと以前からDAWを使い続けてきた金子氏だからこその様々なノウハウや、最新音楽事情に合わせた新しいテクニックなど、匠の技の秘密が解き明かされた。

取材:目黒真二/写真:小貝和夫
 


今回のセミナーは、音楽雑誌サウンド・デザイナー、並びに金子氏も普段使用しているスピーカーメーカーのFostexの協力を得ての開催となり、セミナーの模様はサウンド・デザイナー9月号の誌面に紹介されています。

スタジオ ジアロポルタ http://gialloporta.com/
Fostex https://www.fostex.jp/
●サウンドデザイナー http://www.sounddesigner.jp/

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素晴らしいミックスだったから売れたという作品は世の中にない!

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「自分はもともとエンジニアではないので、ミックスにタブーはないというのが信条。とにかく自分の好きな音を作っちゃうということが大切で、そこからがミックスのスタート」。ミュージシャンからエンジニアへ転身した経験を例に挙げつつ、自身のミックスでの失敗談を交えた金子氏の解説は、実に“超”実践的だった。


 

清水翔太や加藤ミリヤの作品を手掛けるエンジニアの金子実靖(かねこみつやす)氏がミックス手法を伝授!

エンジニアの金子実靖氏から、メジャーレーベルの有名な作品のミックス手法が聞けるとあって、会場は早い時間から会員の方々が詰めかけていました。開演前からスクリーンに投影されていた、Pro Toolsのセッション画面をじっと見つつセミナーの開始を待っていると、会場全体に緊張しているような雰囲気が漂っているのが伝わってきます。そんな会場の雰囲気を和らげようと、金子氏によるユーモアのある自己紹介からセミナーは始まりました。

「自分はもともとミュージシャンでベーシスト。曲を書いてアレンジして、その過程で打ち込みもやっていました。プロのエンジニアさんにミックスしてもらっていましたが、もっと自分の好きなようにやりたくて、いつの間にかエンジニアになっていたんです。生え抜きのエンジニアではなく、音楽制作の流れでミックスをやるようになりました。だから皆さんと同じような立場でミックスを始めたんです」。

音楽制作活動が主体の会員にとっても、金子氏が親しい存在に感じられたのか、会場全体の雰囲気が和らぎました。金子氏は、「まず皆さんにお話ししますが」と前置きをして、「曲が良くて売れた曲はたくさんありますが、ミックスがいいから売れたという曲は1曲としてありません」と高らかに宣言。

この先制パンチには会員達も「ハッ」とさせられたようで、うなずく姿や、ノートに大きな文字でその宣言をメモする姿が見受けられました。MIXセミナーでありながら「まずは曲ありき」という金子氏の姿勢を聞き、ますます会場は金子氏の話に引き込まれて行きます。

金子氏のミックステクニックによってどのように本チャンのサウンドになっていくか

さて、今回のセミナーでは、「清水翔太さんから金子氏へ渡されたデモ音源が、金子氏のミックステクニックによってどのように本チャンのサウンドになっていくか」という具体的なミックス例が解説されました。まずは完成した本チャンのミックスが再生されましたが、そのサウンドはもちろんプロクオリティです。会員も納得の様子で「なるほど」、「これは聴いたことがある」という表情です。

次に、デモ音源のキックだけが再生されます。キックだけだと、完成形の本チャンとはかなり違う、安定しないふわふわとした軽いサウンドに聴こえます。これについて金子氏は「まずキックの定位がしっかりと中央に、しかもしっかりと下側に位置していないと、このように不安定な音になります」と指摘。

「もともとのキックのサンプルがステレオで広がってしまい、いまひとつ中央に定位していないため、プラグインを使ってモノラルに変換したり、EQやコンプで芯のあるキックサウンドに仕立て上げました」。さらに、「音楽は建物と同じです。基礎の部分、つまり曲で言えば低域がしっかりとしていないと、その上に重ねていく上ものパートがふらついてしまいます。

そこで、プラグインのEQを使ってベースの50Hz付近をブーストして調整し、骨太な雰囲気にしました」。ちなみに、金子氏はウェイヴスのプラグインがお気に入りだそうで、随所で「Renaissanceシリーズ」のプラグインを多用していたのが印象的でした。続いて、状況に合わせてプラグインを使い分ける手法を教えてくれました。

「サンプリング音源のスネアだとすでにコンプがかかって収録されていて、アタックが潰れて前に出ないこともあります。そういう場合にはトランジェント系のプラグインでアタックを強めて存在感を出す時もあります」。
 

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左より、司会進行の灰野一平氏(ソニー・ミュージックレコーズ/プロデューサー)、金子実晴氏(GIALLO PORTA)、伊永拓郎(Sony Music Studios Tokyo/エンジニア)氏

楽器のトラックとボーカルは、重ならずに分かれるようにする

ドラムとベースの処理が終わると、「ミックスの第2段階に突入」ということで、曲の基礎として使われている楽器をグループにまとめる作業に入ります。ベース、ドラム、ギター、キーボードといういわゆる「4リズム」のトラックをステレオの2チャンネルにまとめ、エフェクトや定位などの調整を行なっていきます。

ここで大事なのは、「後で入ってくるボーカルの居場所を確保しておく」ことだそうです。「楽器だけでミックスして気持ち良く仕上げたとしても、いざボーカルを入れてみると楽器の音と重なってしまい、余計に音量を上げなくてはならなくなるんです。なので、楽器とボーカルで定位や音質を分けるようにしておくことが大切です」。

わかりやすい例え話を加えながらの説明もありました。「ミックスはプラモデルを作るのに似ています。同じプラモデルを買ってきても、几帳面な人はパーツを丁寧に切り取って、さらにやすりをかけてキレイにしてから組み立てますよね。雑な人は適当にバチバチと切ってそのまま組み合わせる。どちらがいいものになるかわかりますよね」。

次に、「サビが来た!」とリスナーにわからせるために、「リバーブやパンをオートメーションで操作して、広がりを演出する」という手法も紹介してくれました。「曲によっても違いますが、6秒くらいの長めのリバーブが入ると派手な印象になり、“来た、来た!”という感じが作れます。聴いていても高揚感が味わえるはずです」。数々のヒット曲を手掛けている金子氏ならではの納得の説明です。

そしてミックスの仕上げとして、メインボーカルの処理へ突入。題材の曲では、Auto-Tune系のプラグインをあえてオートではなくマニュアルでオートメーションさせて、狙ったところだけ音をグライド(ケロケロ)させるという手法も披露。これは、意図しないケロケロボイスにならないようにするためだそうです。


「ギミック的な処理もしていますが、あくまでボーカルが主役。ボーカルがしっかりと聴こえてなんぼの世界なんです。“前に出す”、“目立たせる”という作業が優先なんです。EQで20kHz以上をブーストしてエア感を強調します。ただ、その分耳についてしまうシビランス(歯擦音)をディエッサーで抑えます。

その後でコンプをかけるのですが、レシオは50:1。これが、このトラックの中で声が最も自然に聴こえた設定なんです」。具体的な数値を提示してのボーカルトラックの処理の話は、まさに目からウロコです。

また、空間系エフェクトもリバーブだけではなく、ディレイをうまく活用して、わざとらしくない「日常的な響きを作る」手法に言及。さらに、ディレイにリバーブをかけて広がりと奥行きを同時に得る方法など、プロエンジニアならではの手法を数多く伝授してくれました。

セミナーの途中や終了時に、会員から多数の質問がありました。そのほとんどがモニター系のことで、例えば、「どれくらいの音量でミックスすればいいのか」という質問には、「各個人の環境でどれだけ音量が出せるかに違いはありますが、一度音量を決めたら絶対にミックスの途中で音量を変えてはいけません。音量によって音の聴こえ方、特に低音の聴こえ方が変わるからです」と明瞭に回答。

さらに、「金子氏が普段ミックスで使っているモニタースピーカーは?」という質問には、「フォステクスのNFシリーズが大好きです。音楽を聴いている気がするから、ずっと昔から愛用しています」とのこと。普段なかなか直接教わることができない、プロのエンジニアならではの実践テクニックを惜しげもなく披露してくれるという貴重な時間でした。

 

今回のMIXセミナーの各テーブルには、フォステクスの最新モニタースピーカーNF04R(¥50,000/1本)が、同社の協力により設置されていた。金子氏も同社のスピーカーを以前より愛用しているとのこと

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ミックスは、「歌をバッチリ聴かせるための入れ物作りです。歌が良くなく聴こえたらダメ」という金子氏。セミナーの最後には、「音楽にできることは、人の心を動かすことだけど、人の心を動かすには、聴く人に歌に集中してもらい、楽曲のメッセージをちゃんと聴いてもらう必要がある」と、ミックスの重要性を語ってくれた。

問:SONIC ACADEMY SALON
https://salon.sonicacademy.jp


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